6月が終わりますね。
ああ、7月が来る。怖い怖い。
最近、美味しい物ばかり食べている気がします。
稽古や外出が多いと、必然的にまぁ、外食が増えてしまうんだけど。
ああ、グルメ。なんか、味音痴になりそうだわ。
せっかく美味しい物を食べに行っても、食欲が余りわかない。
ちゃんとお腹は空くのに、食べ始めると、もう結構です!ってなってしまう。
う~。おいしいものをもりもり食べ野菜。って感じです。
・・・残念!!
そんなこんなで、不健康でどんどん体重が減ります。
めまいとか貧血も、結構有るし、これから夏がくるから、バテ無いようにしなきゃ。
せめて健康でないと、好きな物にも好きな人達にも、胸をはって行けないわ!!
知ってる人は知ってると思うけど、うちは母子家庭です。
母一人、子二人。
私が7歳のとき、父と死別しました。
父の記憶は有るけど、もう、父がいない生活の方がはるかに長くなってしまいました。
芝居をやって、知り合った男の子に、T君と言う子がいます。
私よりも、3つ年上で、家庭事情が複雑だけど、全然そんな事感じさせない、前向きな男の子です。
T君には、お父さんしかいません。
やっぱりT君も、お母さんがいない生活の方が、人生の中で長いと思います。
そのT君と、片親で育った同士だと、色々と似ています。
人一倍気ぃ遣い屋だし、顔色を伺うし、自分の意見は二の次だし、甘え下手だし、淋しがりやだしなんか、めんどくさいねぇ、って話したりします。
他の人にはわからない心境を、分かってくれたりする、なんだか、不思議な友達です。
そんなT君が前に言っていて、印象的な言葉があります。
「母の愛は無償の愛、父の愛は理屈の愛」。
お腹を痛めて子を産んでいる母に育てられるのと、痛みを伴わずに子を授かった父に育てられうのでは、やっぱり、違う愛情なんだそうです。
でも、私は、父の愛は、よく分からないけど、きっと、T君は母の愛が良く分からない。
だからお互いに、偏った部分はあって。
多分、恋人や、結婚相手、好きな人に対して、偏った愛情しか、もてないんではないかなぁ、と思います。
結局は私、いつも恋愛をして思うのは、相手に父親の愛を求めているんだなぁ、って。
そりゃ、そんな人、なかなかいないですよね。私の「お父さん」になってくれる人なんて。
やっぱり、父と母がいて、バランスよく愛情を注がれて育つと言うのは、動物として、大事なことなんですね。
私も、結婚して、自分の子供が出来たとき、偏った愛情でしか、愛せないのかなぁ。
やっぱり、自分の母がしてくれたように子供を育てると思うんです。
子育ての上での父親の存在・・・。わからないままで、家庭を気付く事は、危ない事ですね。
今から心配してもしょうがないけど(笑)。
NHKでやっていた、104歳の座禅師の方のドキュメント。
「悟りと言うのは、死ぬことを怖いと思わなくなる事ではなくて、何も無いように生きること。」
まぁ、これは、彼が紹介していた死が迫った正岡子規の言葉。
「死ぬ時は、死ねばいい。
それまでは、生きていればいいんだ。」
と言う事らしい。
難しいよね。死ぬことを意識しないように生きていくこと。
すぐにでも逃げたくなって、死にたいなんて思うけど。
でも、死ぬ事も出来ないんだなぁ~、と夜中に思う。
死ぬ気が有れば、何だって、まだまだ、何だって出来るんだよね。
死ぬ死ぬ言ってるけど、これは多分、動き出したい私の葛藤の音だと思う。
じっとしてるのもきついけど、動き出すのもキツイ。
でも、それでも、にじり出る様に、前に進みたくなってるんだと思う。
やりたいこと、やらなきゃいけないこと、書き出してみようかと思う。
人のこと見てうらやむのではなく、自分の出来ることからやっていかないとな。
私は、私として与えられた体と、魂と、人格と、環境と、身に着けているものを、フル活用してか無くちゃ。
モヤモヤが、晴天になればいいな。早く。
悩んでた事を、笑い飛ばせるような、そんな前向きになれる力がほしい。
でも、「前を向きたい」と思わなければ、前すら向けないんだ。
104歳になった現在でも、毎朝座禅を組んでいるあのお坊さんを見ていたら、自分がちっぽけに見えた。
でも、ちっぽけな私でも、ちっぽけな悩みでも、今の私には、大きな塊で、体を鉛のように押さえつけられてる。
でも、ちょっとずつ浄化して行こう。
いつか、体が軽くなる日まで。
そして、私を支えてくれている人たちに、なにかをお返しできるように。
むぅ。
まずは、明日、中野に行って、稽古場で皆と向き合って話をする事から。
それら、自分を見つめなおす。
前へ。前へ。
自分が、胸を張って歩けるように。
7月の殺陣芝居が、来年に持ち越しに成りました。
今週はずっと、「残り一ヶ月で何をやるか」って会議みたいな稽古場で。
全く初めての劇団で、全く初めての人たちが集まって、なにをやるか。
って、こんなん、まとまるわけなんだよなぁ・・・。
「台本ありき」で集まった役者さん達でして、其れが流れてしまった訳で。
むぅうう~。
あと一ヶ月で出来る事といっても、何も思いつかないし、思考回路も働かない。
上手く行かない時は、色々上手くいかないですね。
私が凄く芝居が上手くて、発想力も有るプロデューサーで、行動力も有れば、ドーン!と面白いことを持っていって、皆を引っ張っていけるのにな・・・。
そんなこんなで体調も最悪で、仕事も休んでしまったり、雨のせいか、気持ちも落ち込んでて、なにもやる気が起きない・・・。
だめだぁ。
ホント、今の私は、駄目だ。
自分が大事だと思う人がいて、その人が苦しんでいる時、何もしてあげられない自分が居て、凄く苦しいです。
大好きな人達が居て、一緒に遊べる場所が有るのに、遊ぶ気が起きない。でも、時間は無くなって行ってて、すごく苦しい。
こう言う時、他の人は、どうやって前をむくんだろぅ。
やりたい事、なんだろう。
やるべき事、なんだろう。
わからないわからないわからない。
自分が好きで始めた事でさえ、貫けない自分が居る。
自分が好きで近寄った人でさえ、幸せにしてあげられない自分が居る。
ああ。不甲斐ない。
ほんとに自分がちっぽけです。自分でも自分がわかりません。
こういうときに、誰にも頼れない。
25年間、中途半端に生きてきた、報いですね。頼れる人も居ない。
皆、実は、一人ででも生きられるんですよね。
私は、そういう顔をして生きているつもりだけど、実は、ふりをしているだけで、ホントは一番、一人を怖がっているんだと思います。
だから、誰かに擦り寄っていくけど、本当に心を開き合う事が怖くて、すぐに逃げてしまうから、だれとも深く関われないまま、今にいたる気がします。
無駄なタテマエばかり身にまとって、ホントの自分がとうとう見えなくなってしまった。
駄目だな。生き方すら、駄目だ。
こんな私、どうしましょう。
こんな私にも、朝が来るんだな。はぁ。
・・・「助けてくださ~い!!」。
全く、世界の中心で、愛を叫びたいよ・・・。
とは言っても、実父ではなく、3月のお芝居での、私のお父様の誕生日でした。
此処2年、やはり共演した、お父様と同劇団のさとちゃんの企画で、「サプライズパーティー」なるものをしているらしく、話には聞いていたが、まさか今年は私も、その一員になるとは、びっくりでした。
まぁ、「サプライズパーティー」って、「どっきり」なわけだから、当人には分からないように、企画運営が進んでいくわけだけど、まぁ~、ばれないようにするのが、大変だった(笑)。
人一倍嘘のばれやすい事でお馴染み、関口空としては、冷や汗もんだったんだよ。
内容としては、「今年はさとちゃんはパーティーできないから、空とてっちゃんだけでお祝いしよう。」って前フリで、電話で本人を呼び出して、玄関開けたら、皆がいて、火のついたローソクの刺さったケーキを持って、♪HappyBirthday♪を、小声で歌う、と言う企画でした。
さとちゃんの企画力とか、実行力は、すごいなぁ、と思った!
期待を裏切らないし、(私から見ると)本人も楽しんでるし、ホント、さとちゃんの考える事は、いつも、楽しい。
集まったメンバーは、約10人。
でも、声を掛けて、これだけ人が集まるのって、人徳なんでは?
どっちの人徳なんだ。さとちゃん?お父様?(笑)。・・・後者って事で、ね。
なんだかんだ言って、三文終わってからも月1くらいで皆に会えているのは、すごく嬉しい。
だって、全然変わってないんだもん(笑)。
嬉しく成っちゃうよ。全く。
6月は何だか、三文面子には誕生日の人が多くて。何でだろうね。
私は、7月生まれだけど、なかなか同月生まれの人と出会わない。
ほいでもって、学生時代から夏休み中だったから、余りお祝いしてもらったイメージも無いんだよな。
夏休み中の誕生日って、結構損だよね。
お誕生日の歌だって、夏休み明けに皆、まとめて歌われちゃうし、「おめでとう」って言ってもらえる頻度も、人に会わないんだから、圧倒的に少ない。
まぁ、学生じゃない今だって、それほど祝われた記憶も無いけど。
ああ、その時期、演フェスの稽古なんだよな。
だから、稽古かぶってたり、顔合わせにしたり、なんか、微妙に「誕生日感」を味わえず、って感じなんだな~、きっと。
ん?でも、誕生日ですら芝居が出来るなんて、幸せな事じゃないの?
・・・などと無理やりいい風に考えてみる。
私も、どっちかって言うと、企画するのが好きな方だからなぁ。
人の幸せそうな顔みれれば、それで嬉しいから、いいんだけど。
いや、ひがみじゃなくってね(笑)。
今のバイト始めてからはずっと、誕生日もバイトをしているし、やっぱ、代わり映えしない一日なんだよね。
まぁ、今年も、大してなんともない風に一日過ぎて、気付いたら年食ってるんだろうなぁ。
・・・四半世紀かぁ。怖いな~。大人だなぁ~。
もうちょっと、成長したいわ。
もうちょっと、大人っぽくなりたいわ。
ん~。言えば言うほど、無理な気がしてきました。
いいや。亀のスピードでも、一歩ずつ進めれば。
そんなこんなで、久々に皆に会えたお父様の誕生日は、凄く楽しかったです♪
稽古で、「どれだけ自分のものと思わせるか」と言うゲームをしました。
1対1で、間に何か「モノ」があって、其れをお互い、自分の所有物アピールをし合い、
それを観ている人達が、どっちの人の方がそのモノの所有者に見えるかを判定するゲーム。
リーグ戦で、勝ち上がっていくトーナメント方式でやりました。
難しい!
私は、ちょっと腰を痛めていたので、余り動かずに、口で戦わなきゃいけなかったんだけど。
最初は、パイプ椅子。
「ハンズで買ったんだ」とか、「椅子の布を張り替えた」とか、「金具を俺が作った」とか、なんか、お互いに同調しちゃって、高めあっちゃって、全然、奪い合いにならないの(^-^;
大事なのは、説得力とか、勢いとか。
最終的に、自分の物に見えれば勝ちなんだから、ずっと抱きしめて譲らなかったって、良いし、口ばかりでもいい。体を使うか、言葉を使うか。
何だかんだで、5人中、同率1位になったんですけど(笑)、みんなの色んな引き出しが開いて、それに私もおっかなびっくり、引き出しを開いていくのが楽しかった。
そういえば、久しぶりに、「道に迷う」と言うことを体験した。
中野新橋の駅から、稽古場まで、約10分。
一度歩いた道は、大抵間違わない私だけど、今回は、なんか、わけわかんなく成っちゃった。
「あれぇ~?ここどっこだぁ~??」
って、なって、思わず、劇団の方に電話しました。
はずかしかったぁ~。普通に近所の子供達のいる中で、「あのぅ、み、道に迷いましてぇ~・・・」って。
実はもう、一度、あと1分くらいの所まで行ってたんです。
でも、最初に行った日、台風が来ていた日で、しかも暗くて、周りの景色も全然違うし、建物自体の印象も、全然違いました。
はぁ~。しかし、着いて良かった。
でも、ほんの数分だったけど、新宿の高層ビルを間近に眺めながら、住宅街の中を冒険するのは、ちょっと、楽しかった。
普通のごみごみした、夕暮れの住宅街の細い路地から、ふとした瞬間に、高層ビルが覗くの。
なんか、神秘的だったなぁ~。
「私のモノ」ゲームの後は、「大喜利」をしました。
これまた、皆の、いろんな面白い面が見れて、すっごい楽しかった♪
大喜利、ちょ~っと、得意・・・かも???
今日は、これから、台本読んで、台本について考えるそうです。
さてさて、昼寝しよう・・・。
先日観に行った、友人の芝居にあった台詞。
男:「いいよな、女は。男がいる限り、『春を売る』見たいな仕事があってさ。」
いいよな、女は。いいよな。
でも、ちょっと、納得できる。そうかもしれない。
女って、宙ぶらりん。女って、ずるい。女って・・・。キリが無いけど。
春を売る、ってでも、買い手である、男ありきの商売。
結局、女は、男ありきの生き物なのかな??
でも、「いいよな、男って。」って、ずっと思っていました。
私の、小学校中・高学年のひそかな夢は、「男の子になる」、事だったんです。
「なんで女の子は、サッカーしちゃおかしいの?」「なんで女の子は、男の子とばかり遊んじゃいけないの?」って、ずーっと思ってた。
ある時、近所の男の子の友達に言われた言葉。
・・・「お前が男だったらなぁ。」
なーんか、淋しかったなぁ。それまで、「同じ生き物」みたいなくくりで遊んでいたのに、急に溝を感じちゃって。
中学受験を控えてた私は、勉強も忙しくなって、それほど近所の男子と遊ばなく成っちゃったけど、なんか、無理やり、「お前は女だぞ。」って、自覚させられた感じで、痛かったなぁ。
中学・高校・短大と、8年間、女子校に通っていたので、男の子寄りだった私には、ちょっと、苦しかったり、気持ち悪かったりする事が、沢山ありました。
だって、朝礼場や、グラウンドに集合した全校生徒、全部女!!
・・・気持ち悪いでしょ??
女子のいいところも、わるいところも、なんか、いやがおうにも見せ付けられてきた私は、やっぱり、女の子はわからないし、結構、苦手かもしれません。
怖いんですよね。きっと。何考えてるかわかんなくて。女の子には、凄い複雑な思考回路がついていて、いつか、計算して、「お前嫌い!」って、はじき出されるんじゃないか、って、怖い。
・・・って、私も女だし、きっと私もそう思われているんでしょうけどね。
心を開いた人とは、長続きするんですが、心を開くまで、時間のかかる、でも、淋しがり屋の天邪鬼なんです。
でも、色んな人いますよね。
女でも、男っぽい人も、男でも、女っぽい人も。
人を、最初から嫌ったり、遠ざけがちな性格だけど、それじゃ、もったいないなぁ、とも思います。
せっかく、向き合う機会があるなら、ちょっとお互い興味を持ってみたいな、って、最近思います。
女は、得なんだろうか。
女は、損なんだろうか。
どう思いますか??
こんな私でも、今は、「女でよかったなぁ」、と思えている今日この頃です。
それは、今までの生きてきた過程だったり、恋愛だったり、お洒落だったり、音楽だったり、勿論、芝居だったり、人間関係だったり。
少なくとも、女に生まれて、今まで生きてきた過程で、「女でよかった」と思えているのは、そう思える生き方をしたからかなぁ、と、思ってみたり・・・。
電車や、都心の人ごみの中で、誰一人知る人の居ない環境に浸ることの多い今日この頃は、巡り会えて、向き合える人と出会えることって、特別な事なんじゃないか、って。
「なんで、あなたと、わたしなんだろう」、って、一度でも心触れ合えた人とは、そう思えます。
世の中に、「好き」と「嫌い」しかないのなら、「好き」な人が一人でもいるのは、幸せな事です。
私は、ご存知の通り、余り人付き合いが得意ではないし、愛想も美味く使えない、媚びるのも苦手だし、諦めやすいし、努力する事も得意じゃないけど、それでも、心を開いていられる、心地よい人たちが、いてくれる事は、凄くうれしいことです。
生きていく事に、すごく励みになっています。
死ぬまでに、どれだけの人と、本気で向き合えるかなんて分からないけど、好きだ、と思える人とは、ちゃんと向き合って、その人を、大事にしていきたい。
新しいネットワークが広がると、今までの友達もまた、大事だと再確認できます。
人に生かされ、人を生かしていける人に成りたい。
な~んて。。。
稽古場が中野の為、電車に乗っています。
考えてみれば、中学・高校・短大・専門と、計9年間、電車通学していました。
やっぱり、住んでいるのが多摩と言う田舎のせいか、「新宿から乗り換える」と言う作業が、物凄く遠くに行く感じがします。
電車は、扉の脇で立って、外を眺めているのが好きです。この時期、日も長くなって、凄くキレイな空の色を、じっくり眺めていられます。帰りは、日々、月の満ちていく様を見たり、ネオンを見つめたりです。
色々な事を考えられる、大事な時間です。
大勢の中にいて、一人ぼっちになれる、大事な時間です。いや、大勢の中にいるから、一人ぼっちを感じられるんですかね・・・。
電車での私の必須アイテムは、MDウォークマンです。音楽、大事です。
最近は、ELTとcharaを聞いています。あ、モー娘。のベストも。
モッチーの詞は、染みますね。
なんか、凄くそばにいるんだけど、見失ってる事を沢山気付かせてくれるような歌が多い。
うかつにも、電車の中で泣きそうに成る事がしばしば。
弱ってれば弱ってるときほど、染みますね。
『ソラアイ』と『また 明日』と言う歌が、お気に入りです。
良かったら、聞いてみてください。詞を噛み締めながら、聞いてみてください♪
友人の芝居を、2本観て来ました。
一緒に舞台に立っていた人が、全く知らない環境の中で頑張っている姿、輝いている姿を見るのは、凄く嬉しかったり、悔しかったりしますね。
そしてなにより、凄く遠くに感じる。淋しいです。
率直に、ちゃんとお芝居としてみてあげたいのに、知り合いがでてると、その人との楽しかった事とか、一緒に頑張ったこととかを思い出したりして、勝手に悲しくなります。
これは、お芝居に魅力が無いんじゃなくって、私の割り切れない見方が悪いんだと思います。
皆もそうなのかなぁ。
それとも、私のいる環境が、まだ雑念を残すようなレベルの環境なんだろうか。
新しい稽古場で、駄目駄目な自分を、まざまざと見せ付けられています。
そりゃ、年齢も、キャリアも、全然違うけど、「関口空」と言う役者として、ちゃんと力を発揮したい。でも、出来なくて、歯がゆいです。
もしかしたら、お芝居、むいてないのかもしれません。
でも、むいてないから、つづけてるのかもしれません。
なにはともあれ、演出家の望むレベルまで、どうにか、這い上がる!!